4月3日付読売社説(2)[謎の肺炎]「日本侵入に万全の備えを急げ」

中国を中心に流行している謎の肺炎(SARS)が、世界を揺るがしている。
世界保健機関(WHO)は、「世界的な脅威」と深刻に受け止め、各国に警戒を呼び
かけている。だが、アジアから米国、欧州へと拡大し、流行がおさまる気配はない。

日本国内では、まだ感染者は確認されていないが、いつ見つかっても不思議ではない。
国や自治体、医療機関は緊密な連携を取り、謎の感染症の侵入と拡大の防止に、万全を期してほしい。

「重症急性呼吸器症候群」と名付けられた感染症は、発熱やせき、呼吸困難などの
症状を引き起こす。重症の場合は死亡する場合もある。

新型ウイルスの可能性が強く、有効な製剤も、まだ見つかっていない。
中国広東省で最初に感染者が出た後、香港やベトナム、米国、カナダ、英国など広範な
国と地域に広がったとみられる。これまでに二千二百人以上が感染、八十人近くが死亡している。

入院先の病院での消毒や隔離が不徹底なため、医療従事者や見舞客らが次々発症する
院内感染も目立っている。

厚生労働省は医療機関に対し、流行地から帰国した人に症状が出た場合の届け出を求める一方、
海外旅行者には感染症の情報を提供している。

だが、注意喚起だけでは不十分だ。病原体が侵入すれば蔓延(まんえん)の危険がある。

WHOは二日、広東省と香港への渡航制限を各国に勧告した。米国は、その前から渡航自粛を
呼びかけている。流行地に近い日本こそ、不要不急の渡航を自粛する措置を早急に講じるべきだった。

感染症への備えも盤石とは言い難い。患者が出た場合、病原体の流出を防ぐ特別病室に
入れることが望ましい。四年前に施行された感染症法は、都道府県ごとに特別病室を
設けるとしているが、設置は九都府県にとどまっている。

感染症の専門知識を持つ医師や研究者も少ない。がんや遺伝子など最先端の研究が
もてはやされる一方で、感染症は過去の学問と軽視されがちだ。

謎の感染症が入ってきた場合、きちんと診断できる医師がどれだけいるか、はなはだ心もとない。

しかも、日本は院内感染対策が遅れている。患者が出た場合、病院自体が感染拡大の
温床と化す恐れも少なくない。

いつ、どこで、未知の病原体が入り込むか分からない。感染症の専門家の育成や
施設の充実を急がねばならない。

大事なのは、「もしや」と疑う警戒心と感染症の基本知識である。
それはバイオテロへの備えとしても欠かせない。

(2003/4/3/09:22 読売新聞)