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2003年04月17日

医学:こうして別の動物種に感染するようになった
コロナウイルスの遺伝子操作実験とSARS

死者50人以上、感染者1,600人以上というウイルス感染症を引き起こした
恐ろしいウイルスは、たった1つの遺伝子が変異することで生まれたのか
もしれない。このようなことを示唆する研究論文が、このほど発表された。

重症急性呼吸器症候群(SARS)と名付けられた肺炎に似た病気は、新しい
タイプのコロナウイルスが原因だと考えられている。今回の論文によれば、
一晩で完結する単純な実験において、ネコにとって致命的な感染症の原因
となっているコロナウイルスの遺伝子操作が行われた。1 つの遺伝子を
別の遺伝子に置き換えることによって、ネコのウイルスがマウスの細胞に
感染するようになったのだ(1)。

この研究結果は、動物に感染するウイルスとヒトに感染するウイルスとが
相互作用を起こし、遺伝子を交換し合った結果、SARSコロナウイルスが生
じた可能性を指摘する学説を裏づけるものだ。こう説明するのは、今回の
研究でリーダーを務めたユトレヒト大学(オランダ)のPeter Rottierだ。
「この学説の通りである可能性が非常に高い」と彼は付け加える。

Rottierたちの実験では、まずネコの細胞にネコ伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)
が注入された。FIPVとは、数多くのネコが感染する病原体で、致死率は約5%
となっている。次に、このネコの細胞にマウスのコロナウイルスから抽出し
た遺伝子断片が加えられた。この遺伝子には、マウス細胞を識別し、そこに
侵入する際に役立つコートタンパク質がコードされている。

それから数時間後、一部のFIPVの粒子において、ネコのコートタンパク質
遺伝子がマウスのコートタンパク質遺伝子に置き換えられ、ネコのウイルスが、
マウスの細胞に感染できるようになった。こうして新たなタイプのコロナ
ウイルスができあがったのだ。この現象は、2 つの異なるタイプのウイルスが
同じ細胞に同時に感染した際に起こる可能性のある現象と類似している。

このように自らの遺伝子を組み換えることができるため、コロナウイルスは
特異なウイルスと考えられている。こう説明するのは、南カリフォルニア大学
(米国ロサンゼルス)でコロナウイルスを研究するMichael Laiだ。今回の研究は、
コロナウイルスが「遺伝子を組み換えることによって、その宿主域(つまり感染
できる動物)を容易に変えられること」を示している、と彼は言う。

動物あるいはヒトに感染する既存のコロナウイルスが突然変異して毒性が
高まったのがSARSウイルスだと考えることも可能性だ、とLai は言う。
遺伝子組換えが起こったのか、突然変異なのかについては、SARS ウイルスの
遺伝子配列の全容が解明すれば、はっきりする。それも今週中にも解明され
る可能性がある。

Rottierの研究チームは、同じ手法を使って、コロナウイルスに対する生ワクチン
を既に作り出している。彼らは、マウスに感染するFIPVの菌株の中から遺伝子
組換えによって無害となった菌株を選別した。そしてこれらの菌株の1 つから
作ったワクチンをネコに投与したところ、ネコは、致命的な従来型のFIPVに
感染しなかった。

理論上は、生物テロリストが、この遺伝的形質転換法を悪用して、動物が
感染するコロナウイルスをSARSの原因ウイルスのような危険なヒト病原体に
変えた可能性もある。しかし、この方法やそれに類似する他のウイルス改変
技術自体は目新しくはない、と専門家は言う。例えば、Rottier の研究チームは、
2000年に同じ方法を使って、マウスのコロナウイルスを改変して、
ネコに感染するウイルスを作り出している。

「SARSのような感染症の自然発生を解明するための唯一の方法がトップクラス
の科学研究であり、その成果を論文として発表することなのです」と論文誌
Journal of Virologyの編集委員Lynn Enquistは言う。今回の論文は、同誌で発表された。

Helen Pearson

参考文献

1. Haijema, B. J., Volders, H. & Rottier, P. J. M. >
Switching species tropism: an effective way to manipulate the feline coronavirus genome.
Journal of Virology 77 , 4528-4538 (2003).

(2003/4/17)