香港の病院職員間での感染拡大の実態と対策を報告

Medical Tribune
2003/10/16

Medical Tribune 2003年10月16日号 / Vol.36 NO.42 / P.30

      SARS 香港の病院職員間での感染拡大の実態と対策を報告

〔ニューヨーク〕 重症急性呼吸器症候群(SARS)感染は,病院職員の間でどのように拡大していったのか。香港中文大学および香港大学(ともに香港)のAlice S. Ho氏らは,香港のある公立病院で今年初めの約 6 週間,SARSに感染した40人の職員を対象に後ろ向き研究を実施,その内容をAnnals of Internal Medicineに発表した。同誌の編集者によると,今回の研究の最重要知見は「手術用マスク着用のみではSARS感染を予防できない。より入念な処置が必要である」というもの。

                 
隔離病棟での職員感染はゼロ

論文を執筆したHo氏らは「今回の後ろ向き研究が実施されたのは,臨床的にSARSと確診の付いた患者やSARSの疑いのある患者をすべて隔離したり,一連の予防的措置をルーチンに行ったり,感染管理に関する職員研修を実施するなどの対策が立てられるようになる以前のことである」と断っている。

SARSに感染した職員40例のうち,32例はSARS患者と直接接触,2 例は患者と接触後に発症した同僚と接触,3 例はSARS患者およびSARS感染職員の両方と接触していたが,残り 3 例は患者と直接接触のない保守業務職員であった。累積発症率は介護助手が 8 %と最も高く,次いで医師の 5 %,看護師の 4 %であった。幸い,感染した病院職員の家族からは感染者は出ていない。

同院ではSARS患者の収容の有無により,病棟を超高リスク棟,高リスク棟,低リスク棟の 3 区画に分類していたと説明している。職員への感染拡大は,低リスクの一般病棟に入院していてSARS感染が疑われていなかった患者に接触したことに端を発したという。

同氏らは「今回の知見から,SARS感染患者の発生中には,高熱や肺浸潤影を呈する患者で感染を強く疑ってみる必要があることがわかった。感染が疑わしい患者の一般病棟入院を防ぐための厳密なスクリーニングを病院が実施していない場合には,病院職員は患者の収容されている区画すべてを高リスクとみなし,感染の管理・対策に徹すべきであろう」と述べている。

厳密な感染管理体制が敷かれていた超高リスク隔離病棟に勤務していた職員には,1 例も感染者が発生しなかったことは非常に興味深い。

                  
陰圧室に隔離して管理

バージニアコモンウェルス大学(バージニア州リッチモンド)の Richard P. Wenzel,Michael B. Edmondの両博士は,同誌の付随論評で,他の病院や保健施設がSARSのような呼吸器感染症の拡大を最小限に食い止めるための教訓として,以下のような項目を挙げている。

(1)SARS感染者はすべて陰圧室に隔離して管理すべきである

(2)病院職員は白衣,手袋,顔面シールド,N95マスク(微粒子用マスク)を
  着用する

(3)感染者の体液の取り扱いには細心の注意を払い,穿刺事故の回避に
  努める

(4)患者と接触する際には,手洗いを励行し,手袋を外した後にも手洗いを
  実行する

(5)介護職員が触れる可能性のあるベッドサイドのテーブルや器具のすべ
  てを1日2 回消毒する

(6)すべての医療施設が,呼吸器感染症が発生した場合の管理能力の再
  評価に時間を割くべきである。バイオテロやSARS,インフルエンザの
  大流行が起こり,ヒトへのサル痘感染が懸念される場合には,病院の
  保有する陰圧室の数が重要となる。大病院では,緊急時に使用できる
  10室前後の陰圧室を 1 つのまとまった区画に集中させる計画を進める
  ことが推奨される。そうすることで,高い感染管理技術を有する少数精鋭
  の病院職員に対し,呼吸器感染症患者の管理に関する訓練を実施でき
  る。 これに対して,隔離病室が散在している現状では,呼吸器疾患
  患者から各階に勤務する多くの病院職員への病原菌拡大を容認する
  ことになる

(7)医療従事者が不注意から感染者に接触した場合には直ちに臨時休暇を
  与え,業務復帰まで10日間の自宅待機をさせることが強く推奨される。
  これは費用のかかる措置だが,感染管理には不可欠である

(8)SARS患者と接触する医療従事者だけでなく,見舞客の数も大幅に制限
  すべきである

(9)発見が遅れたSARS患者から他の患者への感染は,いまだ大きな脅威
  である。 確診患者を早期に隔離するとともに,迅速診断検査を行うこと
  は,感染拡大防止のために非常に効果がある。しかし,それと並行して,
  医師が自らの臨床的洞察力を持ち,感染の疑いのある患者を確診前に
  察知し,隔離するのが最善の措置と言える

(10)未制圧の流行病が発生している時期に,救急病棟や救急診療所の
  患者が発熱を伴う呼吸器症状を呈した場合,標準の手術用マスクを
  配布し,陰圧室において専門医の診察を受けさせるべきである

(11)SARSの原因である新型コロナウイルスは喀痰,涙液,血液,尿,糞便中
   から検出されている。このウイルスは糞便中では30日間検出され,
   プラスチックなど固いものの表面でも 1 日以上生存できる。このように,
   院内の接触感染媒介物から感染する恐れがあるため,病院の疫学
   専門医は複数の感染経路を想定しておく必要がある。感染経路として
   最も一般的なのは大型飛沫や分泌物であるが,それ以外にも輸血や
   穿刺傷,飛沫核,媒介物からも感染しうる

(12)SARS患者の献血は,治癒から少なくとも 6 週間禁止すべきである

                   
貴重な教訓を生かす

Wenzel博士らは「現行のSARS流行の管理から得られたこれらの貴重な教訓を慣行化し,次に同様の感染症が発生した場合に合理的な措置が取れるようにすべきである」と述べている。

また,30か国のSARS感染者のうち8,500例以上が医療従事者であることから,同博士らは感染には緊密な接触が重要であり,大型飛沫の拡散が最も一般的な感染パターンであることを指摘している。このことは,SARSが指数的に広がったのではなく,時間をかけて一次関数的に拡大したことでも裏づけられている。

Ho氏らは,今回の知見は香港およびカナダにおける他の 2 件の研究の知見に類似しているとして,これらの文献を参照している。1 件は,Hy A. Dwosh博士らの「公立病院におけるSARS発生の同定と隔離」(CMAJ 168: 1415-1420)で,もう 1 件は,Steven Riley博士らの「香港におけるSARS原因菌の感染力学:公衆衛生的介入の影響」(Science 300: 1961-1966)である。


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