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大分大学医学部 精神神経医学講座
大分大学医学部 精神神経医学講座 専門分野> 生活習慣病としての精神疾患

生活習慣病としての精神疾患

生活習慣と疾患との関連は古くはヒポクラテスが指摘したことです。ヒポクラテスはすべての疾患の原因は体液の不均衡にあると推定し、この是正には生活習慣や環境を変えることが重要と考えました。具体的には、入浴や汗をかくこと、散歩やマッサージを推奨しました。精神疾患がすべて体液の不均衡によるとは考えにくいのですが、今日「癒し」をキーワードに温泉やアロマセラピー、マッサージ、サプリメントの摂取など、いろいろなものが商業ベースに乗ってきていることは確かです。もっともらしい(素人が納得しやすい)コマーシャルで、エビデンス(科学的証拠)の乏しい手段が喧伝されるのを見聞きするにつけ、落ち着かない気持ちになるのは私だけでしょうか?科学的な検討の後に、エビデンスのはっきりしたものが生き残り、そうでないものが捨て去られるべきと考えるのは私だけではないでしょう。

ところで、精神疾患の成因として遺伝と環境の関与は広く認められてきました。周知のごとく、分子生物学的手法により、遺伝研究は大きな進歩を遂げています。いまだに統合失調症や躁うつ病の遺伝子は確定されていませんが、将来的にはそれぞれの疾患の病因遺伝子としていくつかの遺伝子が同定されるでしょう。しかし、その遺伝子治療はいろいろな問題を孕んでおり、実際には容易ではない可能性が高いと思います。他方、環境の改善は遺伝子治療と比較すると容易かもしれません。生活習慣も広い意味で環境のひとつ(遺伝と異なり自分自身の努力次第でどうにでもなる自己環境)と考えると、やはり生活習慣の改善によって精神疾患の発症や再発が予防できるかもしれないのです。そのためには、エビデンスが必要となります。

ここで、生活習慣と精神疾患との関連について、今までに私どもが得たエビデンスを列挙しましょう。

  1. 私どもの研究で、低コレステロールの状態が続くと抑うつ状態が発生しやすくなり、逆にある程度のコレステロール値を維持することで抑うつ状態の一部が予防できることを確かめております。すなわち、食生活と抑うつ状態は関連しています。
  2. 私どもの研究で、時間に対する切迫感があり精力的で他者に敵意性を見せるタイプA行動パターンと抑うつ状態の相関を確かめております。つまり、行動パターンと抑うつ状態は関連しているのです。
  3. 私どもの研究で、年間日照量が少なくなると自殺率が増加することを確かめています。また、季節性うつ病の治療法として光線療法の効果が確認されています。すなわち、生活の場における日照量が自殺やうつと関連しています。
  4. 私どもの研究で、精神科的既往がない高齢者において視力低下や聴力低下が進むことで音楽性幻聴や幻視が生じること、視力や聴力を矯正することで少なくともその一部は改善することを確かめております。したがって、加齢に伴う感覚器の機能低下と幻覚が関連しています。
この他にも、運動、不飽和脂肪酸摂取、睡眠、飲酒、喫煙、コーヒー摂取、ダイエットなどが精神状態に影響を与えうる生活習慣として知られています。これらの生活習慣を科学的に整理して、メンタルヘルスに良いものは励行し、悪いものは軽減させる方向で取り組むことが、いわば「生活習慣病としての精神疾患」という概念を念頭に置いた取り組みとなってきます。わざわざ、このような概念を提唱することで、ヒポクラテスの二番煎じということに終わるだけでなく、以下の利点が考えられるのです。

すなわち、
  1. 精神疾患に対する偏見を軽減できる
  2. 発症予防が可能となる
  3. 早期発見・早期治療が容易となる
  4. 病識をつけやすくなり服薬も遵守される
などです。

さて、私が赴任した大分大学周辺には多くの温泉がありますが、しばしばその成分としてリチウムが含まれています。「水兵リーベーーーー」でお馴染みの原子番号3番のアルカリ金属です。最近の研究でリチウムは気分安定化作用の他に、痴呆の予防に役立つ可能性が指摘されています。そこで、生活習慣としてリチウムを含む温泉のお湯を飲んでいただく(飲泉療法)ことで種々の精神疾患の予防や治療が出来ないかと考えたのです。患者さんに投与されるリチウム投与量は通常数百ミリグラムですが、温泉水に含まれるリチウム量は通常1リットルあたり数ミリグラムです。このような微量なリチウムであっても精神機能に影響を与える可能性を示唆する調査報告があります。それは、広大なテキサス州を27分割して水道水中のリチウム濃度(1リットルあたり10分の1ミリグラム程度)と犯罪率や自殺率との相関を調べたもので、両者に有意な負の相関を認めています。すなわち、リチウムはたとえ微量であっても濃度が増すと犯罪率や自殺が減る、つまり精神機能に影響を与える可能性が示唆されたことになり、飲泉療法が奏効するかもしれないのです。とりあえずエビデンスの蓄積のために、リチウム含有泉へ出向いて、そこで以前より飲泉してきた人々と入浴のみの人々の間で気分や記憶、認知機能の比較を行おうと計画しています。

そういえば、1880年から1900年代初頭にかけて、米国ではリチウムを含むミネラルウオーター(Lithia Water)を飲むことに熱狂的であったといいます。腎臓病や膀胱炎、痛風やリウマチ、消化不良や鼓腸、頭痛など、さまざまな疾患に効く可能性が強調されました。しかし、エビデンスは乏しかったのです。その後、1940年代に塩化リチウムが高血圧患者に用いられるようになりリチウム中毒から死に至る患者が出現しました。ここで注意すべきは、Lithia Waterによりリチウム中毒が生じたのではなく、高血圧治療薬としての塩化リチウム投与によりリチウム中毒が生じたという事実です。しかしこのため、リチウムはいったん市場からその姿を消し、1949年のCadeの報告により躁うつ病治療薬として再び蘇ったのでした。再登場後は、リチウム中毒の可能性が強調され、中毒濃度と近接した治療濃度が明示され、頻回にリチウム濃度を測定することが推奨されるようになりました。リチウム濃度の測定に異議はありませんが、本当に低い濃度ではリチウムは効かないのでしょうか?低濃度では効かないというエビデンスは揃っているのでしょうか?

温泉水に含まれるリチウムを飲用することは、Lithia Waterを飲用することと似ています。あくまでも微量のリチウムですから、中毒の危険性はきわめて低いでしょう。それよりも、本当に効果があるのか確認するために、先ほど述べたような調査研究を行う必要があります。もし効果が確認されれば、微量元素としてのリチウム欠乏が気分障害や痴呆などに結びつく可能性や、逆にリチウム含有泉を飲用することでこれらの予防に供することのできる可能性が示唆されるでしょう。さらには、低いリチウム濃度であっても精神疾患に奏効する可能性が示唆されるのですから。

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