中国の新型肺炎 地方へ拡大

厳戒 防衛線突破
集落入り口“封鎖” 患者出たら責任者クビ

新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)が猛威をふるう
中国の各地で、なりふり構わぬ感染拡大防止策が取られている。
「SARS防衛戦」は、時に「行き過ぎ」の批判が出るほど厳
しい。にもかかわらず、SARSは、出稼ぎ労働者の帰郷など
を通じて各地の防衛ラインを静かに突破、地方へと広がり続け
ている。(上海 伊藤彰浩、北京 竹腰雅彦)


経済発展の中心・上海市は今月8日、市外から戻った市民に対
し、2週間の自宅待機を義務づけた。行き先によっては事前許
可を取れば自宅待機は免除されるが、市内に戻る際の許可証
チェック、体温検査は極めて厳しい。市内へ入る高速道路は連
日、大渋滞だ。

10日、記者(伊藤)は、許可証を取得し、高速道路で上海市
外に出た後、戻ろうとした。臨時検問所にはバスや乗用車の長
蛇の列。通過には1時間40分を要した。市当局は「都市封鎖
ではなく、感染者の早期発見が目的だ」としているが、市外へ
出る際には検査は手短で渋滞もない。厳重措置が「部外者」の
上海入りを警戒するものであることは明らかだ。

上海以外の各省も、自衛に必死だ。先週、世界保健機関(WH
O)が調査に入った河北省では、今月8日までの10日間に
215万人の健康検査を行い、約1000人を要経過観察とし
て隔離したほか、河南省は3000人の対策班を2班組織する
など体制を強化。集落の入り口に障壁を築いて部外者の侵入を
厳しくチェックする村落も増えている。

陝西省・宝鶏市トップの共産党書記は、「1人でも病例が出た
地域の責任者は職を解く」との指示を出した。「感染隠し」が
再び生じかねない指示と言える。地域の極端なSARS対策に
ついては、「動機は役人の保身」(中国紙)との批判も出始めた。

SARSの農村への拡大が、地方当局を厳しい対策に走らせて
いるのは確かだ。現在、31省・市・自治区のうち、25省・
市・自治区で感染者が確認されている。

農村への拡大で、主要感染ルートと見られるのが、約9000
万人いるとされる出稼ぎ農民だ。内陸部で最多の感染者を出し
ている山西省が8日に公表した感染者内訳では、今月2日時点
で、感染者の35%に当たる66人が、農民か、帰郷した出稼
ぎ農民だったことが判明。当局は「農民の帰郷を最大限に抑え
ることが農村でのSARS制圧のカギ」(国営新華社通信の論
評)とし、帰郷封じ込めに躍起となっている。

ところが、そうした当局の意向をよそに、出稼ぎ農民の多くは
感染を恐れて都市脱出を図るから、事はなおさら厄介となる。
先月来、河北、河南、湖北、安徽、四川の5省へ帰郷した出稼
ぎ労働者だけで、すでに400万人を超えた。農繁期に向けて
帰郷者はさらに増えると見込まれている。

温家宝首相は10日、山西省を視察、「農村にはSARS感染
ルートが存在する」と述べ、農村防衛を徹底するよう指示した。
医療インフラが未整備な農村でSARSが広がれば、爆発的流
行すら引き起こしかねない。経済成長から取り残されてきた農
民の潜在的不満が、思わぬ形で中国社会を揺さぶる可能性もある。

(2003年5月13日付  読売新聞)