鉄欠乏性貧血のはなし

1、 はじめに

鉄欠乏性貧血は体内の鉄が不足することで赤血球の中に含まれるヘモグロビンが作れなくなることによって生じる、貧血の中で最も頻度が高い疾患です。
2003年の国民健康・栄養調査の結果では、月経(生理)を有し、妊娠・出産を経験する年代の女性では、ほぼ3人に1人が貯蔵鉄(体内に蓄えられている鉄)の欠乏した鉄欠乏性状態で、ヘモグロビン値が12g/dl未満の鉄欠乏性貧血の患者数は同年代の25%にも及ぶとされています。

2、 体内での鉄の動き

 私たちの体内には3~5gの鉄が存在し、その大部分はヘモグロビンとして赤血球の中に含まれています。
 赤血球の寿命は120日で、平均すると毎日赤血球全体の1/120が壊され、その分血液を作る工場である‘骨髄’の中で新しく赤血球が作られます。
 図に示す通り、古くなった赤血球は網内系のマクロファージ(掃除屋)という細胞により破壊され、ヘモグロビンに含まれる鉄は再利用されます。
 つまり、赤血球を作るための鉄分は‘鉄のリサイクル’により維持されています。
 私たちの体から、胃や腸などの消化管や汗や皮膚細胞に含まれる鉄分が1日に1-2mg程度失われていますが、普通に食事がとれている場合にはおおよそ1-2mg/日程度の鉄分が十二指腸から吸収され体内に補充されるため鉄が不足することはありません。

このように私たちの体では、
食事によって吸収される鉄分=体から失われる鉄分
というバランスが取れていれば鉄欠乏、ひいては鉄欠乏性貧血の状態になることはありません。

3、 鉄欠乏の原因

それではなぜ鉄欠乏状態となるのかというと、大きく分けると①鉄需要増加、②鉄供給の低下、③鉄喪失の3つに分けられます。
① 鉄需要増加(思春期、妊娠女性)
② 鉄供給の低下(鉄の摂取不足、吸収不良)
③ 鉄喪失(生理、消化管出血、婦人科疾患など

4、 症状

・無症状(多くは健康診断や職場健診の採血結果で指摘されます)
・動悸(少しでも酸素を運ぼうと心拍数が増えるため)
・息切れ(少しでも体内に酸素を取り込もうとするため)
・疲労感、倦怠感(体を動かす筋肉の酸素が不足するため)
・顔色不良(赤みがない、黒っぽくなったと言われる)
・匙状爪(爪が反り返る、割れやすい、もろい)
・味覚障害、舌のひりひり感
症状が強くなってくると集中力ややる気の低下がみられるなど日常生活に大きな影響が出てきます。

5、 診断

①血液検査
当日結果が判明します。
一般血液検査
・ヘモグロビン値
12g/dl未満で貧血と判定します。治療が必要と考えられるHbは10g/dl程度ですが、後述するフェリチンの数値などや過去に鉄欠乏性貧血として治療を受けたことがあるかなどを含めて総合的に判断します。
・MCV(赤血球の大きさ: 正常80-100fl)
多くは60-70flまで低下し、小球性低色素性貧血と言われます。
生化学的検査
・血清フェリチン値(貯蔵鉄)の低下。
10未満では鉄欠乏状態と判定します。フェリチンが低下する病態は鉄欠乏性貧血以外にないので確定診断となります。
・UIBC(鉄を運ぶ血液中のタンパク)の増加
 少しでも鉄を捕まえて赤血球に運ぶため増加します。300以上が多いです。

②原因の特定
3に示した通り鉄欠乏の状態に陥った原因を特定する必要があります。女性の場合は婦人科疾患(子宮筋腫、子宮がんなど)を、閉経後女性と男性では消化管疾患(胃十二指腸潰瘍の有無、ポリープ、がん、痔など)の確認が必要です(閉経されていない女性でも消化管出血の検査を行うことがあります)。女性の患者さんは婦人科受診をして頂き内診や経腟超音波検査を受けて頂きます。消化管出血の検査はまず便の中に出血が混ざっていないかを調べるため‘便潜血反応’の検査を受けて頂きます。もし便潜血が陽性であれば、胃から肛門までの間に出血源があることが予測されますので消化器内科を受診して頂き胃カメラ、大腸カメラを受けて頂くこととなります。

6、 治療

貧血を来している患者さんは治療の対象となります。
①原因の治療
原因に対して治療を行っていきます。
②薬物療法
原則は鉄剤の経口投与(飲み薬による治療)を行います。
注射による治療もありますが過敏反応や鉄過剰などの合併症もありますので原則お奨めしていません。
鉄が枯渇している状況であれば食事療法(レバーやほうれんそうなど)や栄養療法で貧血が改善することは難しいとされています。
鉄剤を開始すると症状が2,3週間で改善し、その後ヘモグロビンが上昇します。最終的に貯蔵鉄のフェリチンが正常化してきます。
鉄剤はフェロミア(ジェネリックもあります)という飲み薬を1日1~2錠(50mg-100mg)内服して頂きます。

☆鉄剤内服の実際
・注意するべき副作用として薬の中の鉄が胃や十二指腸で放出されるため刺激が強く、悪心(むかつき・吐き気)、嘔吐、便秘、下痢などの消化器症状が10-20%の患者さんに出現することがあります。
・この消化器症状はおおよそ1~2週間経過したところで改善しますので、症状が強い場合は鉄剤を変更する、食事中に鉄剤を飲んでいただく、お休みになる前にお飲み頂く、減量するなどで対処することが可能ですので内服治療が始まって消化器症状が強い場合には自己中断せず必ず主治医に相談してください。
・鉄の吸収をよくするために空腹時の内服を薦める本などもありますが消化器症状が強く出やすいことと、食事にあわせお飲み戴いても効果は変わりませんので食後に内服して頂くのが原則です。
・ヘモグロビンは6-8週間で正常化しますが、ここで薬を中止してしまうと貯蔵鉄であるフェリチンがない状態ですので、すぐにまた鉄が不足し、貧血となってしまいますので最低6か月程度の内服をおすすめしています。
・生理のある女性の場合は6か月しっかりと内服してもその後も生理のために貧血が再発することがあります。患者さんによっては量を調整しながらも閉経するまで鉄を飲み続けなければならない方もいらっしゃいます。最終的には6か月程度経過した時点で主治医と御相談下さい。