多発性骨髄腫のはなし

多発性骨髄腫とは

多発性骨髄腫はBリンパ球が成熟した'形質細胞'という私たちを感染症などの異物から守ってくれる'抗体'というタンパク(免疫グロブリン)を作る細胞が腫瘍となったものです。腫瘍化した形質細胞は1種類の免疫グロブリンを作り続けます(Mタンパク)。このMタンパクやさまざまな物質を骨髄腫細胞が分泌することでからだに悪影響が生じます。

多発性骨髄腫の治療はこの10年で大きく変わり、高い治療の効果も得られるようになってきました。

多発性骨髄腫の病態と症状

上述のとおり多発性骨髄腫はMタンパクをはじめ種々の物質が分泌されることによりさまざまな症状が生じます。すべての患者さんにおいて症状が出現してから診断されるのではなく、20%程度の患者さんでは自覚症状はなく健康診断などをきっかけに診断されます。
診断時に多発性骨髄腫に伴う症状がない場合、無症候性骨髄腫(くすぶり型骨髄腫)と呼びすぐには治療は開始されません。日本では検診が発達していること、また多発性骨髄腫の認知度が高まってきたことなどから早期に診断される患者さんが増えてきています。

反対に多発性骨髄腫に伴う症状が出現している場合を症候性骨髄腫と呼び、後述するような治療がなされます。

多発性骨髄腫の症状としてはCRABOという5つの症状が重要です。
C: 高カルシウム血症(Calcium)、R: 腎機能障害(Renal insufficiency), A: 貧血(Anemia), B: 骨病変(Bone leision), O: その他(Others, 感染症、アミロイドーシス、過粘稠症候群など)の頭文字で、いずれかが存在すれば症候性骨髄腫と診断されます。



C: 高カルシウム血症(Calcium)
骨髄腫細胞が分泌する物質により骨を破壊する破骨細胞が活性化されます。骨は全身の90%以上のカルシウムが存在する場所ですので、そこから血液中にカルシウムが放出され高カルシウム血症となります。高カルシウム血症になると多尿(1日数L)、口渇、多飲が出現しますが、最終的に強い脱水症を発症します。また高カルシウムは胃酸の分泌を刺激することも知られており、むかつき・食欲低下・胃潰瘍などが生じることもあります。カルシウムは神経や筋肉の活動に重要な役割をしているため、高カルシウム血症になると脱力、筋力低下、意識障害などを発症することがあります。一般的に高カルシウム血症は急速に病状が悪化するときに出現するとされていますが、注意が必要です。

R: 腎機能障害(Renal insufficiency)
骨髄腫細胞が分泌するMタンパクやアミロイド(溶けにくいタンパク)が腎臓の糸球体(血液をろ過する場所)や尿細管(必要なものを吸収し、不要なものを排泄する場所)へくっつくことで腎臓の機能が低下します。腎機能障害が進まないように多発性骨髄腫の治療が必要です。

A: 貧血(Anemia)
多発性骨髄腫の患者さんの30%程度の方が貧血となります。骨髄腫細胞が赤血球を産生している骨髄で増殖すること、腎臓の機能が障害されることで赤血球を作るホルモン(エリスロポエチン)が低下すること、多発性骨髄腫そのものが存在していることなどさまざまな要因が重なって貧血が進んできます。貧血により倦怠感や体力の低下などが出現します。心臓に負担がかかるほどの貧血の際には輸血を行い、エリスロポエチンが少ない場合はエリスロポエチン製剤の補充療法を注射で行います。

B: 骨病変(Bone leision)
骨髄腫細胞が分泌する物質により骨を破壊する破骨細胞のはたらきが活性化し、骨を作る骨芽細胞のはたらきが抑制されます。このバランスの異常により骨が溶かされていく方向に進んでいきます。骨髄腫の患者さんの80%程度が骨に病変を有しているとされ、コツ病変は痛みを伴うため日常生活に影響を及ぼします。
骨病変のできやすい部位は脊椎、肋骨、骨盤、頭蓋骨などのからだの中心の骨、手足もからだの中心に近い上腕骨や大腿骨などです。重たいものを抱えたり、無理な姿勢をとると骨に変化が加わって痛みが生じることがあります。
骨病変に対しては骨髄腫の治療のみならず、破骨細胞の働きを抑える薬剤も投与します。ビスフォスフォネート製剤(ゾレドロン酸; ゾメタ®)は骨に沈着してそれを取り込んだ破骨細胞を弱らせる働きを有しており、デノズマブ(ランマーク®)は破骨細胞の活性化に必要なRANKLという物質に対する抗体でこれを分解します。実際これらの薬剤を使用している方が骨に関連する合併症が減少するとされており積極的に使用していきます。
また痛みに対しては支持療法として痛み止めを積極的に使います。一時的に痛み止めの効果が強い麻薬を使用することもあります。

多発性骨髄腫の検査


血液・尿検査:血液、尿中のMタンパクの存在を確認します。
骨髄検査:骨髄腫細胞が骨髄内で増殖しているか確認をします。
画像検査:骨病変についてレントゲン、CT、MRI、PET/CTなどを用いて確認します。

多発性骨髄腫の治療

治療の流れ
・この10年間で多発性骨髄腫の治療は大きな変貌を遂げました。従来は細胞障害型抗がん剤治療が中心で、また患者さんの治療の場も入院が一般的でした。しかしこの間にさまざまな分子標的剤が登場し、治療の効果も格段に改善され多くの患者さんが現在自宅で生活しながら通院で治療を行っています。
・まず症状のある(CRABのある)骨髄腫が治療対象となります。現時点ではくすぶり型(無症候性)は慎重に観察を行います(3か月毎程度)。
・自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法が可能か否か(65-70歳以下で可能)で治療戦略が変わってきます。

多発性骨髄腫と分子標的剤
①プロテアソーム阻害剤
細胞内異常蛋白の分解装置のプロテアソームを阻害。異常な蛋白が蓄積することで骨髄腫細胞にストレスが生じます。
 ・ボルテゾミブ(ベルケイド)
  副作用: 末梢神経障害、間質性肺炎、帯状疱疹、Plt低下
 ・カーフィルゾミブ(カイプロリス)
  副作用: 倦怠感、貧血、血小板減少
 ・イクサゾミブ(ニンラーロ)
副作用: 血小板減少、皮疹、下痢・吐き気
②免疫調整剤
血管新生因子(VEGF)↓、炎症性サイトカイン(TNFα・IL-6↓)、NK細胞・細胞障害性T細胞を活性化します。
共通の副作用: 催奇形成
 ・サリドマイド(サレド)
  副作用:しびれ、便秘、浮腫、深部静脈血栓症、皮疹
 ・レナリドマイド(レブラミド)
  副作用:血球減少、腎障害、深部静脈血栓症、二次発癌
 ・ポマリドマイド(ポマリスト)
  副作用:血球減少、深部静脈血栓症
③抗体薬
骨髄腫細胞の表面にある物質に対し作用する抗体です。直接的に骨髄腫細胞を壊したり、骨髄腫細胞の表面にくっついた抗体が目印となってNK細胞などの免疫細胞が骨髄腫細胞を障害します。
 ・エロツズマブ(エムプリシティ) 抗CS-1抗体
 ・ダラツズマブ 抗CD38抗体
④ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤
プロテアソーム阻害薬のボルテゾミブを併用。異常な蛋白が蓄積することで骨髄腫細胞にストレスが生じる。
・パノビノスタット(ファリーダック)
  副作用:血小板減少、下痢

*それぞれの薬剤で特徴的な副作用がありますが、適切に対策をすることで重度の副作用を予防していきます。

<初期治療>
●65歳以上
 MP療法(従来型の細胞障害性抗がん剤)+ボルテゾミブ(MPB)、MP+サリドマイド(MPT)が推奨治療とされていますが、その他レナリドマイド+デキサメサゾン(Rd)療法、ボルテゾミブ+デキサメサゾン(BD)療法などが選択されます。また最近ではより強力に骨髄腫細胞を抑えるため三剤併用療法ボルテゾミブ+レナリドマイド+デキサメサゾン(VRD)療法が行われます。
●65歳以下
 BD、Rd、VRDで治療を開始し骨髄腫細胞を減らします。その後入院にてエンドキサン大量療法という強い抗がん剤治療を行います。10日程経過し、白血球の回復を促すG-CSFという注射を投与し、通常は骨髄にいる造血幹細胞が血液中に流れてきたところで成分献血と同じような方法で幹細胞を採取します(末梢血幹細胞採取, ハーベスト)。その後大量メルファラン療法を行い採取した細胞を移植する(自家末梢血幹細胞移植)。新規薬剤が登場した現在でも自家末梢血幹細胞移植を行った方が治療効果が高いとされており、年齢・患者さんの全身状態が問題なければ自家末梢血幹細胞移植を実施します。
<その後>
経過観察 血液検査や診察などで骨髄腫が鎮静化しているか確認する。
維持療法 レナリドマイドやサリドマイドを継続する。
再発・難治 新規薬剤を組み合わせて治療する。