大分大学医学部
  • 講師
  • 花田 克浩
  • HANADA Katsuhiro

DNA損傷の排除するDNA修復機構のメカニズムの解明とDNA損傷が引き起こす様々な疾患の病態メカニズムの解明

DNA複製および染色体の分配は、遺伝情報を次世代に伝達する重要な生命現象であり、これらが正確かつ確実に完了しないと、癌や代謝異常を引き起こす原因となる突然変異が発生する。DNAの突然変異は加齢とともに増加し、代謝の低下と変異の蓄積量とは負の相関があるため、日常生活の中で発生するDNAストレスが遺伝子に突然変異を導入することが老化の一因ではないかという仮説が存在する(図1A)。老化症状が若年期から発生する早老症の原因遺伝子が解明され、その多くがDNA修復やDNAダメージ応答に関わるものであったことも、この仮説を支持している。そこで、我々は、日常生活の中で生じるDNAストレスがどのようにDNAに作用して、染色体の恒常性を破綻させるか、そのメカニズムを解明したいと考えている。特に、老化の原因となるDNAストレスが何かを明らかにしたい。

早老症は、老化症状発症の違いで大きく分類できる(図1B)。日本人に多い早老症は、成人までは成長し、そこから老化が加速するWerner症候群である。WRN遺伝子が原因遺伝子であることが分かっているが、その遺伝子産物がどのように染色体を守り、老化を抑制しているか未だよくわかっていない。少なくとも、WRNは遺伝子の相同組換えに何らかの影響を与えているようなので、我々は、その部分を解明したいと考えている。特に、DNA複製フォークで起きたDNAの二重鎖切断は(図2)、相同組換えによって修復されると考えられているので、この点におけるWRNの役割を解明したい。

次に、老化症状が幼少期から見られるものとして、Cockayne症候群、XFEプロゲリア様症候群、Hutchinson-Gilford症候群などが知られている(図1B)。Hutchinson-Gilford症候群の原因遺伝子は核膜を構成するLaminタンパク質であり、核膜の構造を維持できなくなることで、転写、複製、DNA修復、組換えなど、種々のDNA代謝に異常が起きることが知られている。

一方、Cockayne症候群の原因遺伝子であるCSAやCSBの変異では、転写共役型ヌクレオチド除去修復(Transcription-coupled Nucleotide Excision Repair: TC-NER)が欠損になる(図3)。ヌクレオチド除去修復は、紫外線によるDNAダメージやタバコの煙に含まれる有害物がDNAに結合したDNAダメージ(DNA adduct)を除去する機構である。染色体DNAで行われる機構(Global Genome Nucleotide Excision Repair: GG-NER)と転写領域で起きる場合のメカニズムが少し異なる。GG-NERが欠損すると紫外線のDNAダメージが修復できないので、皮膚の炎症、色素沈着、皮膚癌を主症状とする色素性乾皮症(Xeroderma pigmentosum)を発症する。TC-NERはGG-NERを介してDNA修復を完結させるので、TC-NERを欠損したCockayne症候群の患者は紫外線感受性が色素性乾皮症患者ほど重症ではない。しかし、Cockayne症候群患者では、紫外線感受性患者では見られない様々な早老症が見られ、重症化しやすい。Cockayne症候群患者の老化の原因は未だ解明されていない。そこで、我々は、何がCockayne症候群の早老症を引き起こすのか、その原因を解明したいと考えている。

さらに、GG-NERに関わる遺伝子のうち、XPFとERCC1の変異は、変異の種類によりXFEプロゲリア様症候群の原因遺伝子になる。XPFとERCC1はNERだけでなく、DNAの2本鎖の両方を共有結合で架橋してしまうDNAのクロスリンク(Interstrand DNA crosslink: ICL)の除去修復にも関わっている。ICLは、染色体不安定性を特に増悪させる。近年の研究では、お酒などのアルコール代謝やアミノ酸代謝の中間体が、ICLを形成する物質を形成することがあるということが示されている。ICLを除去するDNA修復を欠損すると先天性の再生不良性貧血(Fanconi貧血)を引き起こす。Fanconi貧血の原因遺伝子はとても多い(図3)。ICLは、単一のDNA修復経路だけでは除去できず、Fanconi貧血特有の因子、XPF-ERCC1、相同組換えなどの共同作業で除去が完了する。我々は、ICL除去修復のメカニズムの解明も取り組んでいる。Fanconi貧血は特に重度な早老症を示さないので、XFEプロゲリア様症候群は、NERとICL除去修復の両方が欠損したことによると考えられている。 以上をまとめると、早老症の原因を解明するキーワードとなるのは、転写異常、DNA修復、相同組換えである。我々は、これら3つのDNA代謝が、どのように相互作用することで細胞の機能を維持し、それが老化の抑制に役立っているのかという点に焦点をあて研究を行っている。