
感染症の動向

太古のむかしから私たちは感染症という病気に苦しめられてきました。感染症は、細菌やウイルスなどの微生物が体のなかに入り増殖することで発熱などのいろいろな症状を引き起こす疾患です。この200年ほどの間に微生物を研究する学問は進歩しましたが、世の中からなくすことに成功した感染症は天然痘だけで、日本ではほとんどみられない感染症も海外では多くみられています。最近の海外旅行の多様化によってこれら地域で感染症に罹患し、帰国後に発症するという「輸入感染症」が問題となっています。輸入感染症は日本の医師は診ることのない病気が多く、診断や治療が遅れる場合があります。海外旅行が容易でない時代は大きな問題ではありませんでしたが、世界中あらゆるところへ旅行ができるようになった今日、重要な感染症として取り上げられています。
2002年11月中国広東省で発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)はほんの数ヶ月という短期間で全世界に広がり多くの感染者を生み、人命を失いました。このような結果となってしまった原因には未知のウイルスによる病気であったことと同時に、ウイルスに感染した人が飛行機などの文明の利器を利用し世界中へ広がり、さらにその周囲へ感染を拡大させてしまったことが考えられています。SARSの問題もまた文明がもたらした不幸の一つといえるかもしれません。また次々に開発される抗生物質の登場のおかげで治療が可能となった細菌による感染症も、私たち人間が新しい薬剤を開発する以上のスピードで菌自身が生き延びていく術を身につけ、薬の効かない「耐性菌」として私たちを苦しめています。
私たち人間は、私たちが作り出す文明から交通手段や新しい薬剤の開発などで恩恵を受けてきました。その一方で病原体もまた私たちが作り出した文明に便乗するかのように新たな方法でその感染を拡大させたり、自身を変化させてきています。このようなことが現在の感染症の動向をより複雑にし、解決を難しくしています。いまの科学ではすべての感染症をなくすことは不可能ですが、私たちはこれまでの教訓を生かして人間のための文明を微生物に利用されないよう注意する必要があります。
(文責:感染制御部 平松 和史)
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