「日本人と臓器移植」─あなたはドナーになれるか?─
大分医科大学外科学講座(第二) 内田 雄三
いのちある ひとあつまりて我が母の いのち死行くを 見たり死ゆくを
これは大正2年、母親の臨終に立ち会った斎藤茂吉が詠んだ歌である。今まさに屍体と化しつつある老いた母親、さまざまな思いをこめてそれを見つめる肉親・縁者の視線、もはや何人も止めることの出来ない死への流れ、人間の力をはるかに超えた自然の大きな力に全てをゆだねて祈るしかない‥・。この情景こそがわれわれふつうの人間が体験する死の認識の過程である。医師による死の判定の告知は、このゆっくりと流れる過程の中の一瞬でしかありえない。すなわち、死の認識とは死にゆく人のまわりに集う縁者の思い思いのメンタリティの流れそのものであり、決して一瞬の容認を意味しない。
何かの本で読んだ話であるが、アンデスのある地方から出土した8才の男児のミイラは、生前その子が小児麻痺であったことを裏付けるかのように下半身が異常に未発達であった。そしてその子のミイラのそばには動物の強そうな足の骨が1本副葬されていた。この子の親は、愛しいわが子がこの世での不幸な8年間の人生を閉じたとき、次の世では強い足を持って生まれてくるようにと願って動物の足を副葬したのであろう。
子がみる親の死、親がみるわが子の死、それは死が単なる生理現象の停止にとどまらないことを意味し、科学的手段に基づく生理現象の停止の認識は死の認識そのものではないことを物語っている。
20世紀になって医学は飛躍的な発展をとげ、欧米においては臓器移植が日常的な治療の手段の一つとして行われるようになった。本邦においては、肉親からの生体臓器移植は普及したが、1固体が死ぬことを前提とする脳機能停止体からの臓器移植は欧米におけるほど受容されていない。これは文明の進歩の量的な違いによるものではなく、「死の認識」「屍体への思いいれ」さらには「次の世への期待」などの質的な違いに基づくものではないだろうか。生体臓器移植のドナーを希望する肉親の思いには、先ほどのミイラの話に共通する肉親の哀しいほどの深い思いがありはしないか?
古代から日本人の心の奥深くに潜在する、”次の世への期待となぐさめ”にも似たある種の感情について、私達はもっと思いを馳せる必要があるように思われてならない。欧米で行われたものとは少し異なった、日本人の死生感を肯定した形での移植への理解を求める方法を、今こそ外科医の側から提案する必要があるのではないだろうか。
今回の市民公開講座はまさにその試みの最初の一つである。
日時: 平成12年10月28日 (土)、12時〜17時 場所: 大分県総合文化センター・グランシアタ(大分市)
北村惣一郎 先生 「心臓移植」 我が国での定着をすすめるために
2.社団法人 日本臓器移植ネットワーク理事、チーフ移植コーディネーター 小中 節子 先生 「移植コーディネーターの役割」 ─ドナーのご家族を支援して─
3.お茶の水女子大学文教育学部人間社会科学 教授 波平恵美子 先生 「日本人の遺体へのこだわりとその背後にあるもの」
4.真言宗最福寺 法主 池口 惠觀 先生 「臓器移植に関する日本人の意識調査」
5.大阪大学名誉教授 (中国哲学) 加地 伸行 先生 「日本人の死生観」
1.大分合同新聞取締役経営企画室長兼論説委員
高浦 照明 (1・2)
2.大分医科大学社会心理学教授 上野 徳美 (3・4)
3.大分医科大学外科第2教授 内田 雄三 (5)
第53回日本胸部外科学会総会事務局 TEL:097−540−7315
8月10日 (木) マクドナルド挾間ジャスコ店より、小児科病棟に入院中の子供たちに、マクドナルド限定”ハローキティ&ディアダニエルぬいぐるみ”がプレゼントされました。 これは、日本マクドナルド(株)のご好意によるもので、「入院中のため店頭で目にすることのできないお子さん達の目を、少しでも楽しませることができれば」と、寄贈の申し出があり、実現したものです。 当日は、プレイルームに集まった約30名と、病室から移動できなかった子供たち約10名全員にプレゼントが渡されました。 子供たちは、突然のプレゼントに大喜びでした。
マクドナルドの人気キャラクター”ドナルド”のマジックショーが、8月19日(土)14時から小児科病棟で行われました。 ”キティちゃんぬいぐるみ”同様、日本マクドナルド(株)のご好意によるものです。 病棟のプレイルームで楽しいマジックやゲームの後、病室の子供たちへ風船で作った動物をプレゼントしました。 ”ドナルド”の「1日も早くよくなってね」と言う呼びかけに、子供たちもみんなうなずいていました。
(文責 小児科 後藤 一也)